今、自由になった私にはやりたいことがあった。
それは、彼の傍にいること。
彼の名前はシャイン・ハーツ。
天空に住んでいるけど、天使じゃなくてディプリシティだということ。
家は町の中心より少し離れたところにあり、一人暮らしをしている。
そして働いているところは「All Rounder」というお店。
その前は魔法学校に通っていた・・・・
私が知っているのはたったこれだけ。
彼に対しては憧れだったのかもしれないし、好きだったのかもしれない。
その辺のことは、自分じゃよく分からないけど・・・誰だって、気になる人のことは何でも知りたいって思うはず。
だから私は、彼の家に向かった。
時は朝7時。
平日で彼は仕事があるはずだから、もう起きているかもしれない。
家の間取りは分からなかったので、適当な部屋に入ってみた。
するとそこにはベッドがあり、誰かが寝ているようだ。
ということは、この部屋は寝室、らしい。
寝ているのはおそらくシャインだろう。
部屋は、一人暮らしには丁度いい広さだった。
一人用のベッド、大量の本で埋まっている棚が大小二つ。
そこにある本のほとんどは魔法関係だった。
部屋の隅には観葉植物も置いてある。
植物のことはよく分からないが、葉はみずみずしく、きちんと世話をしている様子が分かる。
机には本や紙、そして小さなライトなどが置かれている。
その中で目に止まったのは、何だかよく分からない資料。
すべて専門的すぎて、私には全く理解できなかった。
もう学生ではないのに勉強でもしているのだろうか。
いや、もしかしたら仕事での資料かもしれない。
それ以外は、これといった特徴のない部屋だと思う。
一通り見回していると、急に目覚ましの音が鳴り響いた。
ベッドの上に置かれたそれは、よく見ると二つあり、一つはすでにスイッチが押されている。
目覚ましの時間が近いところを見ると、どうやら今は予備用のが鳴っている、ということである。
のそり・・・と、布団の下から手が伸びる。
カチリと音がし、目覚ましは役目を果たして静まる。
止めた本人は動かない。
やがておきようと体を動かしているのが分かった。
しかし、その動きはスローモーションされているかのように遅い。
目は覚めても、頭がまだ寝ているようだ。
やっと起き上がった、かと思ったら、そこからしばらく動かない。
低血圧・・・なのだろうか。
彼のその姿が何だか可愛らしく、思わず私は微笑んだ。
彼はまるで全身が鉛で出来ているかのような動きで立ち上がり、ストレッチをするように縦に伸びた。
そして、そのままどこかへ歩き出した。
辿り着いたのはバスルーム。
このまま覗いていてはただの変態・・・・というか痴女だ。
彼が戻ってくるまで、家の中を見てみることにした。
まず先に見たのは、バスルームから一番近いリビング。
どの位の大きさか?と聞かれてもうまく答えられないけど、キッチンもついているし、一人暮らしには十分な広さだと思う。
誰かを泊めることは、十分に可能だ。
テーブルには食器や食料がある。
そこに簡易食料がないことを考えると、彼はマメに料理をしているのかもしれない。
そして来客用のためか、椅子は全部で4つある。
この部屋にも本棚があるが、寝室にあった本棚とは本の種類が違うようだ。
他に目の付くものは・・・棚の上にある写真だ。
中心にシャインがいて、周りにいるのは彼の友達だろう。
彼らの手には細長い筒があり、胸には鮮やかに咲く花が飾られている。
写真にいる彼が今とあまり変わらないので、おそらくは魔法学校の卒業式の写真だろう。
写真にはたくさんの人が写っている。
それは、彼がみんなに慕われているという証拠なのだと思う。
その中で特に仲良く見えたのは、彼の首に手を回して笑っている、濃い紺色の髪をした彼である。
シャインは少し苦しい表情を見せてはいるが、とても楽しそうな雰囲気を持っていた。
家も隣だということだし、やはり一番仲がいいのだろう。
そしてもう一人目に付いた人がいた。
彼女は綺麗な金髪を後ろで結い、顔には涙の後が見受けられる。
その写真にはあと数人女性がいたが、特に彼女だけが気になってしまった。
誰なのだろう。
彼の隣で楽しそうに笑って、幸せそうな顔をして。
何で私はそこにいないのだろう。
何で私は話せないまま・・・・
コンコン。
悔しさと悲しさの世界にいた私を連れ戻したのは、窓から聞こえた小さな音だった。
左を向くと、窓の外には先ほどの写真に写っていた彼がいた。
目が、合った。
すると彼は手招きをして私を呼んだ。
窓の外に出たところで、彼に聞かれた。
「シャインの家に何の用?」
「・・・彼を、知りたかったの。だって私、ずっと外に出られなかったから・・・・
やっと自由になったから、みんなが知らない彼を知りたかったの」
そう言う私を、彼は優しい口調でなだめるように言った。
「自由になれて嬉しかったんだ」
「うん。私・・・病気で外に全然出られなかったから・・・気になったことがあっても、人から聞く話だけじゃ満足できなかった・・・」
. . .
「だから、死んで自由になった今、ここに来た」
そう・・・私は死んだ。
今の私が見えるのは、ほんの数人だろう。
彼は、どうだった?と聞いた。
私は素直な気持ちを、すごく短い時間だったけどとても楽しかったこと、私しか知らないような事を知れた気がするということを話した。
「楽しめてよかったな。・・・まだここに、シャインの傍にいるのか?」
「・・・・いいえ、もう逝きます。少しでも彼のことが知れて・・・よかったから」
でも、まだここにいたいと思ったのか、なかなか思うようにいかない。
そんな私を見て、彼はある物を私に見せてくれた。
「今オレが持っている中でも、一番の“作品”。これを、特別に君だけに見せてやるよ」
どんな物だったかは、“特別”だから言えない。
けどそれを見て、身体が、心が、遠くに行けるような感覚になれた。
短かったけど、初めての自由が楽しめてよかった。
「・・・ありがとう」
この言葉は、時を与えてくれたシャインと、一番を見せてくれた彼に・・・・
「さようなら・・・」
この言葉は、最期に言えなかった全ての人に・・・・
その場に一人残った彼、ウェイスは、人気者のシャインをからかいに行く。
そして今日も、いつも通りの朝を迎える。