それは、今から5年前の出来事―
「姉貴!剣の修行に付き合ってくれねーか!?」
青髪の少年は駆け足でやってきた。
「ごめん、フェイト。これから軍会議があるからまた今度ね」
少年に呼ばれた女性は、透き通った水色髪をなびかせた。そして、彼と同じ色の瞳で彼を見た。
「・・・また、“戦い”があるのか・・・?」
フェイトと言われた少年は、不安と、そして不満な顔を浮かべる。
先月も小規模だったが“戦い”があった。
すでに戦争は終わっている。
しかし、まだまだ“戦い”は起こっている。
あるいはいつかの仕返し、あるいは己の欲望で、人は“戦い”を始める。
「多分ね・・・でも、心配しなくても大丈夫よ」
ポン、と手をフェイトの頭に乗せ、くしゃくしゃになでる。
「だぁ!やめろって!俺はもう17だぜ!?子どもじゃねーんだからさ!」
「ごめんごめん。もうくせになっているかも」
彼らは5つ離れた姉弟。そんな姉から見れば、弟のフェイトは子どもっぽく見えてしょうがないのだろう。
「やめてくれよ・・・あ!」
フェイトの姉、チハヤの後ろからやってきた男にフェイトが気づき、軽い足取りで近寄る。
「バーストさん!」
銀色の長い髪を1つに結い、相手の動きを見透かすような赤い瞳を持つ彼がバースト。
彼の実力は、何百という兵を率いることが出来るほど。
大きな戦争があった時代ならば、その実力がよく分かっただろう。
「バースト、もう時間?」
「あぁ。悪いなフェイト、剣の修行なら後で俺が付き合ってやる」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「じゃあね。フェイトは早く帰りなよ。特別に入れてもらっているんだから」
フェイトは2人と違って軍人ではない。
ここお、軍施設に入れるのはバーストとチハヤのおかげだ。
実力のある2人が頼み、特別に許可を貰ったのだ。
2人とも会議ならと、フェイトは素直に家に帰った。
「やっぱかっこいいなー!バーストさんは!」
軍施設から帰宅後、フェイトは床に身を預け、瞳を輝かせる。
「オレもいつか、バーストさんみたいに強くなる!」
右手を高くかざし、強くぎゅっと握り締める。
夢、希望、想い。
全てを逃したくない。
そんな気持ちを込める。
「・・・というか、早く姉貴と結婚してくれればなー・・・」
知る人は少ないが、チハヤとバーストは恋人同士。
それに、結婚も考えての交際らしい。
それをフェイト自身が知ったのは2年前。
将来、こんな強い男が自分の義兄貴になるかもしれないと、今でも胸を躍らせている。
「でも2人とも忙しいからな・・・相手にしてもらえるだけで嬉しいし。ま、いいか」
―いつかそうなるんだろうし―
焦る必要はない。
“いつか”があるのならそれでいい。
だが、その“いつか”があると決めてはいけない。
運命は1秒ずれただけでも、大きく変わってしまう。
彼らの、ように・・・
「死ん・・・だ・・・?」
明くる日、会議終了後、そのまま“戦い”に行くとは聞いていた。
そして本部から、伝えたいことがあると来てみれば、姉貴が“戦い”で殺されたということだった。
ついこの間まで生きて、元気でいたのにと、思い出が次々に出てくる。
急に死んだと聞いても、なかなか実感がわかなかった。
しかし時が経つにつれて、悔しい、悲しい想いがあふれてくる。
“戦い”に行って死んだのは仕方なかったと、心の底で思い続けた。
そう思うことでつらい気持ちにふたをしようとした。
・・・分かっていたから。
“戦い”に行くということは、死の世界への近道。
いついなくなるかなんて分からない。
だからチハヤの死は仕方ないのだと、一生懸命感情を抑えた、抑えようとした。
が、次に聞いた言葉に、オレは耳を疑った。
「・・・致命傷は月刀によるものだった・・・」
「・・・っ!?」
月刀とは、バーストが持つ刀。
すなわち、殺したのは・・・
「何で・・・バーストさんが・・・」
信じられない・・・バーストさんが姉貴を・・・?
絶対に間違いに決まっている。
月刀で殺られた痕だって、バーストさんが殺したと決まったわけじゃない。
確かめたい。
違うと信じたい。
彼はまだここにいるはず。
フェイトは全力で駆け回り、バーストを探した。
バーストさんが殺すわけがない・・・っ!
絶対違う!!
息が切れてきた頃、とある部屋から出てきた彼を見つけた。
「バーストさん!」
この間会った時と同じセリフだが、その言葉に込める感情が違った。
振り向いた彼の表情は、暗く、悲しげだった。
まるでこの世の終わりが来るかのような顔に、フェイトの不安は高まるばかりだった。
「えっと・・・」
いざ見つけて声をかけたはいいか、何を聞けばいいのか分からなかった。
『何で殺したんだ?』
『バーストさんが殺したのか?』
なんて聞けない。
いや、彼が殺したんじゃないはずだから、その質問はおかしい。
「・・・すまない」
「え?」
沈黙を破った彼の一言は、謝罪の言葉だった。
そしてそのまま、フェイトに背を向け歩き出してしまった。
すまないって、どういうことだ!?
何でバーストさんが謝るのか分からない。
だって、姉貴の仲間で恋人で・・・
「ど・・・どういうことなんだよ・・・バーストさんが謝る意味が分かんねーよ!
月刀はバーストさんのだけど、バーストさんが殺ったわけじゃねーだろ!?」
絶対に違う?
いや、本当は分かっているのかもしれない。
彼が、チハヤを―
「・・・殺した。俺が・・・殺したんだ・・・」
「・・・何で・・・何でなんだよ!バーストさんが姉貴を殺る理由なんてないだろ!?」
「・・・・・」
無言のまま背を向け、何の反応もない。
もうフェイトが言う事はなかった。
バーストがチハヤを殺した。それは事実なのだと、受け止めるしかなかったから。
でも、何で殺ったのか知りたい。
本当は嫌いだったのか、それとも恨みがあったのか。
「答えてくれよ・・・何で殺したのか・・・答えてくれよ!」
しかし、その答えが返ってくる日は未だにない。
そしてそれ以来、バーストに会うことはなかった。
他の人で何か知っている人がいるか聞いても、返事は同じだった。
『言い訳したくない。俺の殺したことに変わりないんだからな・・・』と
あの後、フェイトはバーストを見つけた場所に、“チハヤ”が眠る部屋に行った。
その顔はとても安らかに見えたが、頬にはうっすらと一筋の痕があった。
もう動かない、冷たい“チハヤ”という現実。
やっと、涙が出てきた。
その涙には・・・いろいろな悲しみが込められていた・・・
ずっと信じていたものが突然崩れたその時、フェイトは決心した。
姉貴を殺した理由を知りたい。
そのためにバーストさんを、バーストを探す。
もしその理由が納得がいくものじゃなかったら、
―オレは 殺す―
彼の決心は強い。
本当にバーストを殺してしまうかもしれない。
だがフェイトは
今でも彼を
彼の心を
信じている―・・・