瞳の奥にはいつも誰かがいて俺の名を呼ぶ。
ただ呼びかけるだけで、その後は何も聞こえない。
声だけで判断すると、その誰か≠ヘ女であると分かる。
しかしその女が誰なのか、なぜ夢に出てくるのか分からない。
その時、カーテンを開ける音と共にまぶしい光が射し込んだ。
「・・・っ!」
「シャイン起きろー!もう昼だぞ!」
「・・・・・」
声の主は分かっている。だから起きたくないのだが…
そいつは俺に近づき、小さな声で言った。
「 」
「はぁ!?どういうことだ!!」
「あ・起きた。おはよー」
「『おはよー』じゃねー!どういうことだそれは!」
「そのままの意味だけど」
「おまえ…」
朝(正確には昼だが)から騒がしいそいつの名前は【ウェイス・アザキ】。
俺と同い年で家が隣り。
日課であるかのように家に来ては俺を起こす。ヤツは何だか楽しんでいるようだが、俺は迷惑でしょうがない。
「毎週のように言ってるけど、休みの日くらいゆっくりさせろよ…」
「休みの日以外だってゆっくるしてるくせに」
「疲れるんだよ。いろいろと」
「毎日ダラダラしてるからじゃないの?たまには運動した方がいいな。うん」
そうなる原因の一つがお前なんだよ!!マジで自覚してくれ!!
「と、いう訳で、オレが運動させてやる」
「もっと疲れるから嫌だよ…」
「ふ〜ん、そう。じゃ、オレは商売でもしてこよう」
ウェイスは白い封筒を取り出し、不適な笑顔を浮かべた。
その時俺は、さっきウェイスの言葉を思い出した。
『 』
「おいっ!それって…」
「じゃーねー」
「ちょっ…待てって!」
急いで着替え、俺は後を追いかけた。
ここでは緊急事態以外、飛ぶことを禁止されている。俺にとっては緊急事態だが走っていくしかない。
自慢じゃないが、俺はウェイスより足が速い。すぐに見つけることができるだろう。
そう思っていた矢先、俺の前を走るウェイスを確認できた。
途中で何人か話しかけてきたが、俺に答えている余裕なんてなかった。
彼との距離は縮み…
「止まれ!」
「うわっ!!」
ズザー…ドカッ!!
俺に足払いをされたウェイスは派手に転び、壁にぶつかる。
「痛〜…何すんだよ!」
「それは俺のセリフだ!さ、その手に持っているものを渡してもらおうか」
「はい」
ウェイスはあっさり俺に渡した。
「??やけに素直だな」
「だって、いくらでも増やせるし」
ぐしゃ!!
「あーあ、もったいない」
俺が握りつぶしたものに目を移し、残念そうにヤツは言った。
「でも、運動になっただろ?」
「…もう嫌だ…」
「そんな事言うなって。それにしてもシャイン足速いよな。『ディプリシティ』だからか?」
「さあな」
そう、俺は『ディプリシティ』だ。『天使』と『魔族』の混血。
その俺の背中にあるのは片方しかない翼。
そんな俺がいるこの場所は…
「この天空の中で一番速いと思うな、オレは」
『天空』
それが今俺のいる、いや、いさせてもらっている場所と言ったほうが正しいかもしれない。
『ディプリシティ』のほとんどは<願いの楽園>にいる。
俺は覚えていないが、小さい頃は俺もそこにいたって母さんが言ってた。
『天使』であった母さんと共にここに来たけど、何で来たかは教えてくれなかった。
死というものを理解するうちに逝ってしまったから。
『ディプリシティ』である俺が天使と一緒に『天空』で暮らすなんて、今思うと危なかったんじゃないかと思う。
実際にSky and Ground戦争なんていう大きな人種的な問題もあったし、
俺ら『ディプリシティ』の事を認めない者だっているのだから。
でも、俺が会った人の中にはそんな人いなかった。
母さんに世話になったからと言って俺の面倒を見てくれたり、
片翼の天使≠ニ言って一緒に遊んだりした。
父さんの事は全然知らない。力の強い『魔族』だったっていう話だけど、母さんより早く死んだみたいだし。
それで、母さんは俺と一緒にここに帰ってきたのかもしれない。
今の俺は、何とか一人で生きている。
仕事だってするし、国が世話してくれるのもあるから普通に生活ができる。
満足、と言いたいところだが、隣の家にウェイスがいるからそうも言えない。
どういうやつかというのは分かったと思うが、ああ見えてけっこう世話好きで優しい。
彼は両親と離れて暮らしている。
なんでも、「両親は忙しいから、自分のことは全部自分でやる」だそうだ。
ウェイスを嫌がっているといえばそうだが、友≠ニして認めていることも確かだ。
「シャインはさ、<願いの楽園>に帰りたいって思うか?」
「えっ?」
突然声をかけられて、思わずはっとする。
「…覚えてもいないような所、帰りたいなんて思わない」
それは嘘ではなく本当のことだった。
ずっとここにいたいと思う自分がいた。
「そりゃよかった」
「…?というか、急になんだよ」
「いや、何となく聞いてみたかっただけ。シャインがいなくなるとつまんなくなりそうだし」
「俺と言う遊び相手≠ェいなくなるからか?」
「いいや」
俺の問いに、ウェイスは首を横に振る。
「親友が≠「なくなるのは、誰だって嫌だろ?」
―友≠ニして認めている―
ウェイスはそれ以上にシャインを認めていた。
2人が親友になったのは、この日からだった。